消防出初式の思い出

kanazu362008-01-06

今日6日は、消防出初式
消防出初式は、消防の伝統行事で、一年間の無火災と
無病息災を祈り行なわれる。
現在は、正月の風物詩となっている。
新潟市の消防出初式は、1月13日(日)9時30分から行なわれる。
消防車111台・消防団員と消防職員合わせて約600人が参加する。
西堀通りを消防車が分列行進後、万代橋下流信濃川両岸で、消防車104台と消防艇、
新潟海難救助隊による一斉放水を行なうほか、海上保安庁のヘリコプターが飛行する。
昔は、消防出初式には「はしご乗り」が披露された。
「はしご立て」は、青竹でできた高さ3.5m(3間半)のはしごが12本のトビ口で
ささえられ、そろいの半天を着た火消し衆が、最上段で両手や両足を離し軽快な妙技を
くりひろげる。
新潟県内では、佐渡市相川・五泉市村松上越市板倉でこの伝統技が継承されている。
新潟県消防課は、2007年4月1日現在の消防団員数は、約3万9900人と初めて
4万人を割ったことを明らかにした。
51団体・633分団で団員一人あたりの県民数は60人(全国平均140人)。
本県の消防団員数は戦後、常に全国トップクラスで、昭和20年代には約10万人を
数えた。
それでも団員数は兵庫県に次いで全国2位。
日記から消防出初式の思い出を抜粋した。
36年間の勤務で、消防出初式に5回参列した。
村松町の消防出初式に2回、新潟市内野町の消防出初式に3回。
村松町の消防出初式では「はしご乗り」を2回見た。
村松町の消防出初式 
 ・1993年1月6日(水・晴れ)、11時からさくらんど会館前広場で開催された
 消防出初式に参列した。
 「はしご乗り」の技が披露された。
 はじめて消防出初式で「はしご乗り」を見た。 
・1994年1月6日(木・曇り小雪)、11時からさくらんど会館前広場で開催された
 消防出初式に参列した。
 来賓の1人として参列した私が、祝辞を述べると日記に・・・
 今年も「はしご乗り」の技を見る。
新潟市内野町の消防出初式
 ・1999年1月6日(水・小雪)、13時30分から内野上大神宮で開催された
  内野町第11分団消防出初式祈願祭に参列した。
  来賓の1人として玉串を奉納した。
  式典終了、新川右岸で放水訓練が行なわれた。
 ・2000年1月6日(木・晴れ)、前年に同じ。
 ・2001年1月6日(土・曇り)、前年に同じ。 
・味方村笹川邸文化財防火訓練
 毎年1月26日は、「文化財防火デー」。
 文化財防火デーの制定は、昭和24年1月26日に、現存する世界最古の木造建造物
 である法隆寺奈良県斑鳩町)の金堂が炎上し、壁画が焼損したことを契機とする。
 この事件は国民に強い衝撃を与え、火災など災害による文化財保護の危機を深く憂慮
 する世論が高まり、翌昭和25年に文化財保護の統括的法律として文化財保護法
 制定された。
 1998年1月25日(日・曇り雪)、旧味方村大庄屋笹川邸で開催された、重要文化財
 笹川邸の防火訓練に来賓として見学した。
 邸内から出火したとの想定で、消防への通報・消防車の到着放水・鎮火までの一連の
 訓練が実施された。
 国の重要文化財大庄屋笹川邸は、旧新潟電鉄(廃線)味方駅(駅舎なし)近くにある。
 笹川邸は、天正年間、信濃水内郡の笹川氏が味方の地に入植、三代目の笹川左衛門
 信秀が慶安2年(1649)に村上藩大庄屋に任命され、味方八ケ村を統治、
 明治維新まで九代に渡って世襲した。
今年も思い出の内野町第11分団消防出初式祈願祭が行なわれる。

分列行進を見る (イラストを模写)