歴史的建造物の新潟と上越の銀行

kanazu362009-11-07

今日7日は立冬
銀行の話題が新聞に。
11月3日の新聞に、アメリカの中小企業向けの米商業金融
大手CITグループは1日、連邦破産法11条(日本の民事再生法
に相当)の適用をニューヨークの連邦破産裁判所に申請、経営破綻した。
上越市に歴史的建造物の旧第四銀行高田支店の建物の寄付や旧直江津銀行が無償譲渡
された。
新潟市でも歴史的建造物旧第四銀行住吉支店をみなとぴあ敷地内へ移転・復元している。
・旧第四銀行高田支店(上越市高田本町)
 上越市では第四銀行新潟市)から旧高田支店の建物の寄付を受け、敷地(2203.8
 平方メートル)を約1億9000万円で購入した。
 市では8月3日同行に感謝状を贈った。
 旧第四銀行高田支店は、1931年(昭和6)に建てられた洋風建築物で、鉄筋コンクリート
 造りの建物。
 建物としては同市内で2番目に古く、今年の6月まで高田支店として営業していた。
 上越地域で最初の鉄筋コンクリート建築は、東北電力上越営業所の旧館(大町2:旧中央
 電気本社)で1928年(昭和3)に建てられた。
・旧直江津銀行(上越市直江津港町)
 旧直江津銀行は、上越市港町の高達倉庫が所有していたものを10月28日に上越市
 無償譲渡した。
 直江津銀行は1895年(明治28)創業、その後経営破綻し解散した。
 建物は、明治時代に建てられた土蔵造りの変則五角形で、三つの小屋根があり建物
 周囲に赤レンガの防火壁がある。
 建物内部には銀行とした使われていた当時の金庫や木製のカウンターが残っている。
 建物の前にはライオンの像があり地元では「ライオン像の建物」として親しまれていた。
・旧第四銀行住吉支店(新潟市住吉町)
 第四銀行住吉町支店は1927年10月に竣工した。
 柳都大橋の取付け道路のルートにあたるため撤去されることになったが「昭和初期の
 貴重な建造物を残してほしい」と保存を求める市民らの強い要望で、みなとぴあ敷地内
 への移転・復元が決まり、2004年3月27日復元が完了し市民に一般公開されている。
 移築が難しい鉄筋コンクリートの骨格部分は新たに作り直されたが、花崗岩製の外壁や
 列柱、ロビー部の大理石製のカウンターなどが建設当初の姿に復元された。
 1・2階が一般公開されている他、1階の店舗部分は、新潟市西蒲区(旧巻町)にある
 カーブドッチの営業するレストラン、「ぽるとカーブドッチ」が営業している。
・番外:銀行の思い出
 ・大手町小学校子ども銀行
  昭和20年代小学校の「子ども銀行」で第四銀行高田支店を利用した記憶がある。
  小学校同級会が今年4月開催され、恩師が記念に配布した「思い出の記録(指導記録
  から)」の中に大手町小学校子ども銀行のことが書かれている。
  昭和25年「大手町小学校子ども銀行」が大きな成果をあげたと。
 ・高田商業高校六華銀行
  母校高田商業高校が、平成8年(1996)創立80周年記念を迎えた。
  記念誌の中に六華銀行と六華商事のことが書かれている。
  商業科の模擬実戦活動として六華銀行と六華商事が昭和26年(1951)に設立され、
  生徒は無額面株式5株・500円を出資する株主であった。
  最盛期には、「六華商事株式会社」の小切手が市内でも通用するほどであった。
  時代の変遷、六華銀行は昭和48年、六華商事は昭和49年に解散し、23年間の活動に
  幕を下ろした。
  在学中全校生徒が参加する株主総会があり、一生徒から「株券を見て見たい」と発言が
  あり執行部をあわてさせたことが・・・
第四銀行が、上越市に高田支店の建物を寄付の記事に遠い昔の銀行の思い出が甦った。

この銀行に思い出が (イラストを模写)