仏像美術展と観音様と地蔵めぐり

kanazu362010-10-30

親鸞聖人750回忌記念企画展が10月18日まで新潟三越
開催されていた。
新潟県民会館で「2010仏像美術展」が開催されていたので
観てきた。
観音様に魅せられ観音様や地蔵めぐりに出かけお参りした。
・仏像美術展(新潟市中央区新潟県民会館・10月18日)
 会場には吉彫会(主宰:吉井衛快)会員の人たち22人の仏像作品37点が展示されている。
 吉彫会は初心者から20年以上の経験者が仏像彫刻を趣味とする団体。
 師匠の吉井衛快は愛染明王聖徳太子二歳像を出品。
 観音様は十一面千手観音・十一面観音(2体)・白衣観音(2体)・観音仏頭の6体の作品が並ぶ。
・観音様めぐり
 ・天童平和観音(五泉市橋田:岩松院・10月17日)
 五泉市橋田岩松院の裏山の天童山の山頂に金色色に輝く「天童平和観音菩薩」が建立されている。
 ・花水の観音様(新潟市秋葉区草水町:秋葉温泉花水・10月17日)
  新潟市秋葉区草水町の秋葉温泉花水の敷地内に台座を含め高さ8m・重さ46トンの巨大観音様が建つ。
  観音様は、新潟市南区根の国道8号線日の出町交差点付近で2001年から交通安全を願い人々の心に潤いとやすらぎを与えていた仏壇・墓石販売の吉雲堂のシンボル巨大観音様だった。
  店舗改装に伴い今年の3月3日新しいやすらぎの場となる新潟市秋葉区草水町の日帰り温泉施設「秋葉温泉花水」の敷地内へ引っ越した。
  温泉客から花水の観音様と呼ばれ訪れる人の心を癒し和ます。
 ・越後七浦観音(新潟市西蒲区間瀬・10月27日)
  間瀬の浜辺に身の丈8mのスマートな青銅の「越後七浦観音」が建つ。
  昭和46年8月村民待望の「越後七浦観音」は、霊峰弥彦山脈の麓、間瀬の聖地に魚籃観音像として開眼した。
  風雪害により損傷も次第にはげしくなり昭和58年6月に閉眼した。
  地域住民の観音様再建を望む声に支えられ昭和60年9月日本海を見下ろすこの地を虚空蔵様の聖地と定め建立した。
  越後七浦観音は、海難救助、遭難者の冥福、家内安全、交通安全、商売繁盛、魚霊供養の祈願等、又水子供養の観音様として親しまれ、広く地域住民の信仰をあつめている。
 ・胎内観音と仁王殿(胎内市下赤谷・10月24日)
  胎内観音は昭和41・42年の集中豪雨(羽越水害)による土石流災害で多大な被害が発生した。 
  この災害で犠牲になった32名の御霊の冥福と復興、将来の安全と平和の繁栄を祈願して昭和45年に建立された。
  観音様は、総丈7m・重量4トン・青銅製日本一で、鳥坂山を背にして眼下の胎内川を見守るようにして建っている。
  山門は「仁王殿」と称し、羽越水害20周年記念として昭和62年5月に建立された。
  山門は高さ18m・間口12m・奥行4.5mで左右に仁王像が安置されている。
 ・椎谷観音堂柏崎市椎谷・10月)
  ”しいやの観音さん”として広く親しまれ、尊崇された観音堂である。
  椎谷観音堂の創建は弘仁年間(810〜823)に開山されたと伝えられる。
  越後屈指の観音霊場とされ、日乞、雨乞、諸願成就、算額などの祈りの絵馬や日本海に面した小高い山の上にあることから椎谷や宮川海運関係の絵馬など多数奉納されている。  
  山門から観音堂まで300段の石段があるが、これは昔悪事を働いた清八という人物が観音様の力を借り一命を取り留めた事から自ら出家し頓入沙弥と名乗り、海岸から石を運び18年かけて積み上げたもので、石段が完成後自ら掘った洞窟に入って入定したと伝えらる。
 ・馬頭観音新潟市西区新通・10月20日)
  新通の吉田正俊宅の庭先のお堂のなかに白い石の馬頭観音が祀られている。
  吉田家は昔、馬喰で近郷の農家の人たちに馬や牛を売っていた。
  牛馬などの供養のために馬頭観音を建立した。
・地蔵めぐり
 ・六体地蔵尊六地蔵尊)(新潟市西区:寺尾地蔵尊・10月20日)
  寺尾地蔵尊の境内に平成2年4月、80周年記念に導地蔵堂が奉納された。
  導地蔵堂内には福島県白河市の姉妹彫刻師(鈴木マリ子・藤田るり子)が制作した六体地蔵が祀られている。
 ・百体地蔵(五泉市橋田:岩松院・10月17日)
  五泉市橋田の岩松院の境内左側に百体地蔵堂が建てられ中に「百体地蔵」祀られ壁には「出世百体地蔵菩薩因縁由来」が書かれた額が掲げられている。
・番外:弘法大使像(新潟市中央区西堀通6:弘願寺・10月18日)
 劇場跡地に昭和44年(1969)7月に建立されたお寺。
 仏師福崎日精作の身の丈30尺(約9m)の大きな弘法大師像が建つ。
仏像美術展と観音様と地蔵めぐりで心を癒し和ませた。

祈る (イラストを模写)