仏像展で故郷善導寺の善導大師立像を観て祈る
昨10月23日は、新潟県中越地震から2年目であった。
長岡の新潟県立近代美術館で開催されている、中越大震災
復興祈念特別展「新潟の仏像展」を観てきた。
新聞の紹介で、「一度見たら忘れられないほど柔和な表情が
特徴の善導大師立像は、上越市高田の名刹善導寺の本尊である」と。
善導寺は故郷のお寺で、境内は子どものころの遊び場だった。
山門をくぐると仁王門があり、左右に大きな仁王像が立っていた。
一体は大きな口を開け、足元の周りには大きな草鞋と大下駄が。
本堂に通ずる参道の両側には大きな杉の木がうっそうと茂っていた。
本堂は、大正4年の寺町大火で焼け今はない。
高田(現上越市)の作家杉みき子さんは、「雪の高田物語」城下町の散策の中で、
「仁王門の千社札 善導寺」と題し、
「山門と仁王門のあいだが20メートルほど。参道の両側はうっそうたる杉の森であった。
森だけならべつにめずらしくもないが、どういうわけか、そのころは、ここが高田
じゅうのからすの集合地だった観がある。・・・」
「からす、からす、善導寺のからす」とわらべうたにまではやされて、
「日の入どきの大群の乱舞は、わけてもすざましいものだった。天日にわかに暗し、
と形容しても大げさではない。なにしろ、夕やけの赤いころから、たそがれの色が
濃くなるまで、何百羽というからすのむれが、この森にねぐらをあらそって・・・」
と書いている。
夕暮れまで遊んでいるとからすがねぐらに帰ってくる。
あまりの多くの数でうすきみ悪さを感じた記憶が。
善導寺のある寺町2丁目は、ユニホームにからすのマークを付けシンボルにしていた。
善導大師立像の前に立った。
柔和な表情とかすかな微笑が、観る人の心を引き付け心を和ませる。
思わず両手が胸の前に。
新潟県中越地震の犠牲者の冥福を祈る。
祈り (イラストを模写)