懐かしい電車を孫と見る

kanazu362007-06-24

23日の新聞に旧月潟駅で、かって中ノ口川沿いを
走っていた新潟交通電鉄の「デンテツ展」が開催されると。
昔乗った懐かしい電車である。
孫を連れ旧月潟駅へ出かけた。
昭和40年新潟に就職し寮に入った。
電車は、寮の近くの白山通りを走っていた。
電車の始点は、白山前(昔は県庁前)終点は燕駅、距離は46.1km。
沿線の住民からは「電鉄(デンテツ)」の愛称で親しまれていた。
配布資料に1989年(平成元年)の路線図があり、当時の駅名が書かれたいる。
白山前・東関屋・越後大野・味方・白根・月潟・新飯田・燕等など24の駅の名前が。
懐かしい駅名だ。
電車は、越後大野駅を過ぎると中ノ口川左岸に沿って燕駅まで走る。
インターネットで社史を調べた。
明治以降は、白根方面と新潟を結ぶ交通手段として、「河川蒸気」と呼ばれる汽船による
水上交通が盛んであった。
しかし大正13年の大河津分水路の完成後は水位が下がって航行困難になった。
さらに昭和2年の取水堰の陥没によって水位が減少し水運が困難となった。
その代替として建設されたのが新潟交通の「新潟電鉄線」である。
全線開通までの経緯は、
1933年(昭和8)4月1日東関屋・白根間開通
1933年(昭和8)7月28日東関屋・県庁前(後に白山前に改称)開通
1933年(昭和8)8月15日白根・燕間開通
廃線は、
1992年(平成4)東関屋・白山前間廃止
1993年(平成5)月潟・燕間廃止
1999年(平成11)4月4日東関屋・月潟間廃止
平成11年4月4日の月潟発東関屋行きの運転を最後に66年の電鉄の歴史に
幕を下ろした。
新潟と白根に勤務した私は、東関屋・県庁前と東関屋・白根間に何回も乗車した。
全線は廃止となったが、鉄道ファンと旧月潟村の熱意で旧月潟駅跡には,駅舎と
「電動客車」2両「ラッセル車」1両が保存されている。
孫は、受付で記念の「月潟駅普通入場券」とトロッコ乗車券「月潟駅から月潟駅ゆき」を
受け取り改札口で入場券にはさみを入れてもらい構内に入り電車に乗車した。
電車の中では運転手席に座り機械を操作した。
ラッセル車を見るのははじめてだという。
線路に下り首を下にして車輪を見ている。
孫は、デジカメで写真を何枚も撮った。
懐かしい「デンテツ」の記事のおかげで孫と楽しい一日を過ごすことができた。
懐かしい電車を孫と見る (イラストを模写)