古町の栄枯盛衰と古町界隈の老舗巡り

kanazu362007-11-05

かつて新潟県下一の賑わいを見せた新潟市古町。
郊外大型ショッピングセンターに押され、
あちこちの店のシャッターが下り昔の面影はない。
10月28日の日曜日、店のシャッターが下り
空洞化しシャッター通りといわれる古町界隈にあって、今も暖簾を守り続ける老舗
巡りをした。
・古町の栄枯盛衰
 1937年(昭和12)秋、新潟市柾谷小路に
 萬代百貨店(現在の大和新潟店)、小林百貨店(現在の三越新潟店)が相次いで開店、
 古町は両百貨店を核に新潟市の中心商業地として発展した。
 1973年(昭和48)ダイエー新潟店が万代地区にオープン
 1976年(昭和51)秋、西堀地下街に西堀ローサがオープン
 1978年(昭和53)ジャスコ新潟店が青山にオープン
 1984年(昭和59)新潟伊勢丹が万代地区にオープン
 1993年(平成5)ラフォーレ新宿新潟が入るNEXT21が柾谷小路にオープン
 ダイエー新潟店や新潟伊勢丹が万代地区にオープンしたことや大型ショッピング
 センターなどが次々と郊外にオープンしたことで人の流れが古町からこれらの地区へと
 移った。
 追い討ちをかけるようになに、2007年10月26日イオン新潟南ショッピング
 センターが亀田地区にオープンした。
 イオン新潟南は、3600台の無料駐車場を備える。
 自家用車が普及し、市民生活の中心が郊外に移り、古町界隈の商店街は益々客足を
 奪われあちこちの店がシャッターを下し空洞化が進む。
 2008年4月伊勢丹三越が合併統合する。
 新潟伊勢丹三越新潟店はどうなるのだろうか。
・老舗めぐり
 沢井化粧品店の初代沢井清次郎氏が、新潟市商業家明細全図(明治29年発刊)。
 地図には、店名と商品がびっしりと記載されているという。
 地方紙新潟日報が「のれん伝えて―にいがた老舗めぐり」を連載した。
 記事を片手に白山神社を基点に、古町通り・西堀通り・本町通り6軒の老舗巡りをした。
 ・「宝石・時計片桐」(古町通り6)
  創業は1886年(明治19)、創業時は西洋の骨董品などを取り扱う雑貨店だった
  ため、「新潟市商業家明細全図」には「時斗洋物商片桐」と記載される。
  歩道の面したショーウインドーに創業当時から伝わる置時計が飾られている。
  店舗脇の鍛冶小路側には、平成12年4月に建てられた「良寛の旅姿」の像が。
  説明には、良寛が50歳の頃新潟へ托鉢に来て有願和尚に逢い・・・
 ・沢井化粧品店(古町通り7)
  初代主人の清次郎さんが「新潟市商業家明細全図」の発行者。
  正面看板はローマ字で、SAWAI COSMTICS STOREと。
  小路を挟みローソンがある。
 ・「和田写真館」(西堀通り6)
  西堀7番館ビル2階に店がある。
  ビル左側は、市営西堀地下駐車場入り口である。
  階段を上がると入り口までの壁に写真が飾られている。
  写真を眺めていると、元社長の和雄(71歳)さんが中へどうぞと案内してくれた。
  新聞を見て店を訪ねたのは貴方が最初だと。
 ・「マギヤ薬局」(本町通り8)
  初代の栄三郎さんは、旧白根市の真木出身で店の名前は地名の「真木(まぎ)」に
  由来する。
  残念ながら「定休日は毎週日曜日」の看板が掲示されシャッターが下りていた。
 ・「バンナイ」(本町通り6)
  店の前は本町市場通りで八百屋・花屋・衣料屋等の露店が並ぶ。
  店内には、婦人服などが所せましと並ぶ。
 ・「おはきものおりと」(本町通り8)
  老舗巡りの最後は、履物店。
  店は、江戸時代の安政4年(1857)ごろから続く履物店。
  店主で社長の折戸明(62歳)さんは、昔は職人をかかえ下駄を製造販売していた。
  今は、下駄と草履の販売と鼻緒のすげかえだけ。
  「下駄総おどりの人気で忙しいでしょう」と聞くと
  「家とは関係ないんです」といいながら草履の鼻緒をすげていた。
・番外「NOVA新潟校」
 柾谷小路に「英会話NOVA新潟校」の看板が見えた。
 「駅前留学」「お茶の間留学」というコマシャールで大人気の英会話学校だった。
 経営に行き詰まり約440億円の巨額負債を抱えて会社更生法の適用を申請した。
 ビルのシャッターが下りシャッターに「10月26日付の会社更生手続きに伴う
 教室の一時閉鎖に関するお知らせ」の貼り紙があった。
 11月4日の新聞には、NOVA支援に12社が名乗りと・・・
古町界隈にまた一つ空きビルが・・・
古町の苦難、栄枯盛衰はまだまだ続く。

あそこの店もシャッターが(イラストを模写)