地域を知る坂井輪地域探訪講座終了

kanazu362007-11-19

9月25日から始まった「坂井輪地域探訪講座」が
11月13日終了した。
6回で終了の予定が、受講生から学習の成果を発表する
茶話会を開きたいと希望があり予定外の講座が一回加わった。
キャッチフレーズは“聞いてみよう・見てみよう 坂井輪ってどんなとこ??”。
期間は、9月25日から11月6日までの6回、最後の茶話会が加わり7回となった。
人気講座で20人募集のところ25人の応募があった。
スタッフは、NPO坂井輪地域学会員の20人の皆さん。
・1回目 9月25日 「坂井輪の成り立ち1」
・2回目 10月2日 「坂井輪の成り立ち2」
・3回目 10月9日 「水と恵みの闘い」
・4回目 10月23日 「現地探訪・西川の始まり」
・5回目 10月30日 「坂井輪の自然」
・6回目 11月6日 「坂井輪の民俗・カテ飯の試食」
・7回目 11月13日 「茶話会」
昭和46年3月末新潟に初めて赴任した。
31歳のときで港の近くの窪田町に翌47年の2月に有明台に、50年に坂井輪地区の
須賀に家を建てた。
その後、県内を転々と。
現在の坂井東に定住したのは昭和57年3月。
退職したのが平成13年3月。
第二の故郷となった坂井輪。
「坂井輪地域を知る」の学習で、新発見も沢山あり多くの仲間ができ楽しかった。
4回目の現地探訪で、旧分水町五千石西川の始点から新潟市平島の終点までバスで
探訪した。
海抜0m以下の土地で先住民たちは水と闘いコメを作った。
水との闘いは「田植えすれども収穫なし」の言葉で語り継がれる。
印象に残ったのは、大河津分水路の土砂を渡部集落から源八新田まで貨車で運び
「客土の丘」を作ったこと。
「客土の丘」の功績で森山一郎さん碑が残る源八新田の集落を訪れ孫の八郎さんから
「客土の丘」の話を生で聞けたことが・・・
6回目のカテ飯の試食も・・・
カテ飯という言葉をはじめて知った。
カテ飯とは、ご飯の中に他の穀類や野菜を混ぜたもの。
カテ飯には、サツマ芋を混ぜた「芋飯」、細かく刻んだ大根を混ぜた「大根飯」、
粟を混ぜた「アワ飯」、細かく切った菜を混ぜた「菜飯」、大豆を炊き込んだ「豆飯」、
トウモロコシを炊き込んだ「キビ飯」等など。
話を聞いてカテ飯とは、終戦直後に食べた「大根飯」や「菜飯」や「豆飯」や「キビ飯」
だったことがわかった。
会場で食べたカテ飯は、くず米(農家にはなかった)と大根と大根菜の塩漬けとサツマ芋
で作られたもの。
昔のカテ飯とは、コメも材料も相当差があり味も違っている。
試食した人はとても美味かったと。
茶話会の最後は、講座に参加した一人一人が感想を述べた。
皆が「楽しかった」「次回もあれば参加したい」等など。
雨上がりの午後、会場の4階からは窓越しに珍しい2重の美しい虹が見られた。

茶話会 (イラストを模写)