十二支決定乃図と十二支すげ細工と  切り絵

kanazu362008-05-17

今年の干支は、十二支一番目の「子年」。
新潟市秋葉通の武田画廊で仲丸貴継さんの
「一笑来復 一生懸命 これでいいのだ」作品展が
開催されている。
作品の中に「十二支決定乃図」というのがあった。
子どものころ祖母から寝物語に聞かされた「ネコがネズミに嘘をつかれて十二支に
入れなかった」話を思い出す。
・十二支決定乃図
 作品は、画面中央に御年大神が描かれ、右側の上から十二支の子・丑・寅・卯・辰・巳
 が、左側の上から十二支の午・未・申・酉・戌・亥が画面いっぱいにユーモアーに
 描かれているが猫の姿はない。
 十二支決定乃図を観るだけで楽しい。 
・十二支の始まり(インターネットから)
 むかーし、むかしと言うてもはるか昔、ある年の暮れのことだった。
 神様が動物達に、「元旦に新年の挨拶に来るが良い。
 そしたらその中の、1番から12番までをその動物の年にしてやるぞ」という
 お触れを出した。
 動物達は、来年は俺の年にしてやるぞ。と元日の来るのを、今か今かと待っていた。
 ところが猫は神様の所へ行く日を忘れてしまった。
 正月と言うても3が日はある。それに小正月もあるしな。
 猫は考えていたが、仲の良い鼠の所へ聞きに行った。
 鼠はけろんとした顔で言うた。
 「そら、二日の朝に決まっとる。元日には人様の家を訪ねるなと昔から言うでねえか」
 「そうか、そうか二日の朝だな」猫は鼠に礼を言って帰っていった。
 そうこうしているうちに大晦日になった。
 鼠が暗がりで覗くと牛がぶつぶつ言いながら旅支度をしておった。
 「おら、のろまだべ。今夜のうちに出かけるだ」鼠はしめたとばかり牛の背中に飛び乗った。
 そうとは知らぬ牛は暗い夜道を霜を踏みしめ踏みしめ神様の御殿へと登って行った。
 門の前に着くとだあれも居ない。
 ほーう、これでわしが一番に決まったようなもんだ。
 牛はよだれを垂らしながら元日の朝の来るのを、今か今かと待っていた。
 やがて里の方で、一番鶏が時を告げると門は静かに開いた。
 牛はにんまりして門をくぐろうとすると、背中にいた鼠がぴょんと飛び降りて、ちょろちょろと
 門をくぐって「神様、あけましておめでとうございます。鼠が新年のご挨拶に来ました」
 そこで、牛は2番になり、千里の道をひゅーっと駆けてきた虎が3番になった。
 続いて、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪が入ったところで、門は閉められた。
 これが、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥という十二支になったんだと。
 ところで、猫は鼠に教わったとおり二日の朝早く神様の門を叩くと、
 「お前は今まで、ぐうすか寝ておったんか。寝ぼけてらんで、顔でも洗って来い。
 呼んだのは昨日だぞ」
 そう言われて、猫はすごすごと帰っていった。
 それからというもの猫は、毎日顔を洗うようになって、嘘の日を教えてくれた鼠が
 憎らしくて、鼠の姿を見つけると追いかけ回すようになったんだと。
 13番目の動物はイタチやカエルやシカであったという逸話もある。
 13番目であったために十二支に入れなかったイタチをかわいそうに思った神様は、
 毎月の最初の日を「ついたち」と呼ぶことにした。
 ただし実際の「ついたち」の語源はこの逸話からではない。
・十二支のすげ細工とわら細工
 ・高齢化後継者育たずすげ細工ピンチ
  十二支をスゲで作る妙高市平丸の伝統工芸「すげ細工」が、制作者の高齢化と
  後継者がいないことから半世紀続く技の継承に赤信号がともりそうな事態になっている。
  すげ細工は50年前の1958年、長野の土産品として持ち帰った馬を基に、同地区 
  の住民がすげで作ったのが始まり。
  その後、地元の名産にしょうと十二支を作るようになった。
  1971年と2002年には年賀切手の図柄に採用され、現在は旧新井市の指定文化財
  にもなっている。
  昭和40年代には作り手が200人以上いたが今ではわずか5人になってしまった。
  今年2月から来年の干支の「丑」を作り始めている。
  すげ細工作りの石田福治さん(79)は「これが最後の丑になるかもしれない」と。 
 ・わら細工作り(旧新津市金津)
  新津観光物産館の展示コーナーに「田の草民芸会」の会員が作った「新津の藁(わら)
  細工」が 紹介されている。
  昔は、農家は雪期に屋内で縄作り・俵あみ・むしろ作り・みの作りなどを行なっていた。
  そのなごりから新津の婦人グループが、減反のため青刈りした藁と秋葉湖周辺にある
  “すげ”を利用して作ったもの。
  作品は、干支のネズミ・ヘビ・イノシシ・ウマなどのほか、ミノ・ワラジ・カメ
  などなどが並ぶ。
 ・十二支切り絵(旧新津市子成場)
  大工の渡辺透(71)さんは、趣味で35年余り前から見よう見まねで切り絵作りを始めた。
  昨年12月14日仕事場を訪れ切り絵作りを見せてもらった。
  見ている前で干支の「打ち出の小槌にネズミが乗る」切り絵を作った。
  掲示板には十二支の切り絵が貼られていた。
十二支決定乃図という1枚の絵が、幼いころに聞いた「十二支の始まり」という懐かしい
思い出を甦らせてくれた。

すげ細工で干支作り (イラストを模写)