甲子園初出場新潟県央工のあれこれ

kanazu362008-08-04

今年も夏の甲子園大会が始まった。
汗と涙のドラマが甲子園に展開する。
7月20日の新聞に、1998年7月18日東奥義塾:深浦戦の
122:0の高校野球の最多得点記録(7回コールド)の
スコアボードを写した写真が掲載されていた。
東奥義塾は最後まで手を抜かず86安打の猛攻。
体調を心配した深浦の監督が試合放棄を相談、選手は継続を望んだと。
深浦は2004年の夏に初勝利を挙げた。
昨年分校になり校名が「木造深浦」となった旧深浦は今年の夏2勝目を挙げた。
昨3日、新潟県央工と報徳学園の試合をテレビで観た。
県央工は超高校級投手といわれる報徳の近田怜玉投手を打ち7安打2得点と強豪を
追い詰めた。
2:2の同点で迎えた最終回、2死三塁から甘く入ったスライダーを4番打者に完璧に
捉えられ劇的な2ランを浴び2:4と県央工はサヨナラ負けした。
県央工の甲子園あれこれを新聞から拾った。
新潟県央工業の沿革
 ・1911南蒲原郡立三条商工として開校
 ・1948年三条実業高
 ・1963年三条工高
 ・2004年燕工高と統合して現校名の新潟県央工業
 ・野球部は1963年創部で卒業生(三条実業時)に元巨人投手でプロレスラーの
  ジャイアント馬場(故人)らがいる
・甲子園監督親子鷹
 ・親:鈴木春祥(元中越高監督・65)
  中越高監督としてを夏7回甲子園に導き2勝7敗。
  1994年(平成6)には、坂出商を2:1・浦和学院を1:0で破り長崎北陽大に
  2:3と惜敗したが甲子園2勝を挙げた。
 ・子:鈴木春樹(新潟県央工監督・37)
  鈴木春樹監督は2003年(平成15)21世紀枠で柏崎高の監督として甲子園に
  出場したが斑鳩(奈良)に1:2と惜敗。
  そして今夏県央工の監督として甲子園に出場したが報徳学園に2:4と惜敗。
・元柏崎高の野球部長と監督が決勝で対決
 2003年(平成15)春の選抜21世紀枠で出場した柏崎高の指揮をとった鈴木春樹監督
 (現県央工監督)と深井監浩司部長(現佐渡高監督)が新潟大会の決勝で対戦。
 3:2で県央工が初優勝。
・校歌の作詞が芥川賞作家の藤沢周
 新潟県央工の校歌の作詞者は、新潟市出身の芥川賞作家の藤沢周氏。
 清廉の雪 弥彦の 光胸にしテクノロジスト ・・・ 
 われらが母校 新潟県央 県央工業
・応援団とプラスバンド
 8月2日夕方新潟県央工の生徒と教職員404人が応援のためバスで同校を出発し、
 甲子園球場へ向かった。
 同校にはプラスバンドがなく、太鼓と声援のみで応援することを決めていたが、
 国定勇人三条市長らが三条東高を訪れて協力を要請、学校側が了承しプラスバンドで
 友情応援する。
 三条東高吹奏樂部は2日に新潟市で行われる県吹奏楽コンクールに出場し、3日の
 新幹線で甲子園に向かう。
 スタンドで応援する三条東高吹奏樂部の姿がテレビで紹介された。
・裏方:記録員と甲子園の母
 ・記録員
  ショートでレギュラーを目指していた田浦優樹選手(3年)は、監督から「記録員に
  なってくれといられ「すごく悔しくて泣いた。でもチームのために頑張ろうと決めた」。
  19人目の選手としてベンチからチームの活躍を記録する。
 ・甲子園の母
  新潟県央工の養護教論として甲子園に同行している石川恵子(51)さん。
  長く家を離れている選手たちの母親代わりとなって選手の健康状態を確認する。
  自身も陸上競技の経験もあり、練習前にのウオーミングアップは一緒になって元気に
  グランドを走る。
・市民への寄付の呼びかけ
 新潟県央工校同窓会などでつくる「新潟県央工高校野球部を甲子園に送る会」では、
 広く市民に寄付の呼びかけている。
 ・三条機械スタジアムのネーミングライツを持つ三条機械は、社員に野球部OBを
  含めた同校卒業生が約100人もいる。
  その三条機械が送る会に1千万円を寄付した。
 ・三条市では、市水道局が製造している天然水「千年悠水」の500ミリリットル
  ペットボトル4千本を同会に寄付した。
 ・同校OBのプロレスラー故ジャイアント馬場(本名馬場正平)さんの2人の姉妹が、
  同会にそれじれ5万円合わせて10万円を寄付した。
新潟県央工の長くて短い夏が終わった。
サヨナラ2ランを浴びた2年生の古村祐也投手は、「一球で流れが変わる野球が怖いと
思った。来年また帰ってきて絶対勝ちたい」と。
近くの日本文理高校のグランドでは、夏の県大会準決勝で新潟県央工に0:4で負けた
日本文理が、秋の県大会に向けて厳しい練習を続けている。

親子鷹子の試合を見守る (イラストを模写)