坂のある風景と思い出
坂といえば、歌謡曲では「柿の木坂の家」、小説では
「陽のあたる坂道」や「坂の上の雲」、地名では
東京の「神楽坂」や熊本県の「田原坂」などを思い出す。
地方紙新潟日報で「政令都市探訪・坂のある風景」が、
2月13日まで8回にわたり連載された。
坂のある風景の写真をみると懐かしい思い出が甦る。
・坂のある風景と思い出
・どっぺり坂(新潟市中央区西大畑)
日銀角を海岸方向に曲がり少し坂道を進むと大きな木がある。
木の脇に噴水があり階段の左側には「どっぺり坂」と書かれた石碑が建つ。
案内板に由来が書かれたいる。
かつてこの坂の上には大学の学生寮が建っていました。
この坂を降りたところは繁華街で、この坂道はその近道としてさかんに利用されて
いました。
「あまりにも坂を往来して遊びの度が過ぎると落第するぞ」と言う戒めの意味から、
ドイツ語のドッペルン(ドッペル=落第して学年をダブる)が「どっぺり」となって
この名前がつけられた。
現在の型に整備されたのが1987年。
工事前は階段は62段あったが、合格点の60点に届いてはいけないと落第の由来に
合わせて59段になったという。
階段を上ると砂丘館(旧日本銀行新潟支店長役宅)がある。
イベントが砂丘館で開催されるので私にとってどっぺり坂は砂丘館に行く道。
・みなとトンネル(新潟市中央区入船町)
新潟みなとトンネルは、信濃川の川底を新潟市の中央区と東区を結ぶ全長1423m
のトンネル・最深部は水面から約24mあり2002年に開通した。
坂道の最高勾配は4%(100mで4m上昇)で車道と歩道が完全に分離されおり
歩道からは車は見えない。
幅3.2mの歩道は車道の左右両側に設けられ、トンネル内の温度は21度に設定され
真夏でも涼しい。
夏はひんやり、冬は風雪をしのげるためトンネル内を多くの人がジョギングやウオー
キングを楽しむ。
思い出にと昨年8月22日、1時間かけ街側と海側の歩道を歩いた。
・味方橋(新潟市南区味方)
中ノ口川に架かる味方橋は、旧味方村と旧白根市を結ぶ橋だ。
全長約240m・幅約9mの橋には幅約1mの歩道がある。
勾配は6%。
白根に勤務していたとき毎日通勤に利用していた橋。
勾配が急で味方側の歩道にスリップ防止のために砂箱が用意されている。
昔、味方側の川辺には、新潟交通の電車が新潟市の旧県庁前から走っていたが
いまは廃線となり線路も残っていない。
橋のすぐ近くは、白根大凧合戦の会場となる。
・越後七浦シーサイドライン(新潟市西蒲区角田浜)
新潟市の内野から海岸線を寺泊方向に進むやがて角田灯台が見える。
角田岬から旧寺泊町野積までの約13.9キロが「越後七浦シーサイドライン」。
越後七浦シーサイドラインは1975年に新潟県営有料道路とした全線開通し、
1990年に無料開放された。
越後七浦シーサイドラインは角田山登山のときに利用する道。
灯台近くの登山道桜尾根コースは雪割草の群生地。
・寺尾神社参道(新潟市西区寺尾)
寺尾神社は、JR寺尾駅の近くに鎮座する。
参道はかなり長い坂道。
新潟市寺尾の旧116号線(現県道内野線)から細い住宅との道を進むとしめ縄を結んだ
大きな鳥居がある。
参道は長く、鳥居の先を見上げると長い石段が続く。
石段の先にJR越後線の線路があり左手を見ると寺尾駅が見える。
線路を渡ると左手に大きな鳥居があり鳥居をくぐると寺尾神社の本殿がある。
長い参道は、娘が小学校時代習字を習っていたときに送り迎えに通った道。
・番外:屁(へ)っぷり坂(新潟市西区赤塚)
昨年6月20日「赤塚集落を歩く」に参加したとき面白い名前の「屁っぷり坂」を知った。
坂の上り口の看板に、名前の由来が書かれている。
「江戸中期に、この坂が作られた。
当時は現在よりも急斜面で、余りの傾斜で登ることができずに亡くなった人がいると
伝えられている。
屁が出るほど登るに切れなかったことから「屁っぷり坂」と呼ばれるようになった」と。
「坂のある風景」の連載を読み、坂とともにいろんな懐かしい思い出が甦った。
坂道を上る (イラストを模写)