むかしのくらし展と昔ながらの町家

kanazu362012-10-09

新潟市新潟市歴史博物館(みなとぴあ)で、第9回「むかしの
くらし展・くらしの道具」が開催されていたので10月7日見てきた。
昔の暮らしが今もそのまま残る上越市高田の町家を新潟市
白山小学校の児童が見学した記事が新聞に出ていた。
・むかしのくらし展(新潟中央区:みなとぴあ・10月6日)
 電化製品の普及で昔と比べくらしの道具が大きく様変わりした。
 1950年代ごろまで実際につかられていたくらしの道具を展示する「むかしのくらし展・くらしの道具」が新潟市中央区柳島町のみなとぴあで開催されていたので見てきた。
 会場に入ると「衣食住」の各コーナーに分かれ、昔使われていた道具が展示されている。
 ・「衣・着るものに関する道具」
  ・長持 ・柳行李 ・こて ・くじら尺ものさし ・針箱 ・洗い板 ・たらい
  ・張り板 など
 ・「食・食べることに関する道具」
  ・十能 ・渋うちわ ・火吹き竹 ・七輪 ・火消つぼ ・かめ ・柄杓 ・石臼 
  ・ます ・おろし器 ・飯ひつ ・羽釜 など
 ・「住・住まいに関する道具」
  ・火箸 ・炭おこし ・五徳 ・火鉢 ・行燈 ・湯たんぽ ・行火 ・鉄瓶
  ・ハエトリ ・箱まくる など
 また、今では見ることのできない懐かしい道具が並ぶ終戦直後の茶の間も再現されており、懐かしい昔のわが家の茶の間を思い出した。
・昔ながらの町家(上越市高田:旧金津憲太郎桶店)
 新潟市の白山小学校の6年生の児童が総合学習で、昔ながらの暮らしの道具が残る上越市高田の町家「旧金津憲太郎桶店」を見学した記事が新聞に出ていた。
 「旧金津憲太郎桶店」は、平成15年12月に旧金津憲太郎桶店の土地・建物を前所有者の方のご好意により上越市に寄贈された建物。
 この町家は19世紀中頃(江戸時代後期)の建物と推定されており、高田市街に現存する町家としては非常に古いものとされている。
 2012年4月18日付けの新潟日報の「まちなか歴史探訪」で旧金津憲太郎桶店が紹介されている。(新聞から抜粋)
 上越市観光協会会長の永見完治(72)さんは「質素に生き抜いた庶民の町家」と説明する。
 江戸時代初期に創業し、今の建物は19世紀中ごろに建てられた。
 最後の住人は12年前に亡くなった金津ミネさん、職人だった夫は30年ほどまえに亡くなり、以降は一人で暮らしてきた。
 ミセの前面にスリアゲ戸を残している。
 建物内の雁木通りに面した「ミセ」と呼ばれる間は板張りになっており、桶作りの作業場と商品の展示場所を兼ねている。
 ミネさんは、ミセにあったのこぎりやかんななどの道具をそのまま残した。
 倹約家だったミネさんは、電化製品になじむことなく、昔の生活用品を大事に使った。
 流し台は自然の石を彫って作られたもので、便所は木製のくみ取り式。
 暮らしぶりがうかがえる古い水回りに、東京から訪れた研究者が「まさに奇跡の空間」と驚いたという。
 永見さんは「決して立派な建物ではないが、幼いころの記憶を呼び起こしてくれる」と。
電化製品に囲まれて文化生活を送っている現代人は、むかしのくらし展でくらしの道具を見てどんなことを感ずるだろうか。
戦前生まれの私は、昔の暮らしの道具を見ると懐かしさと愛着を感ずるのだが・・・。
懐かしい暮らしの道具が並ぶ (イラストを模写)